黄金の風だより

映画や本、音楽など、趣味と雑記のブログです^^

森見登美彦の神髄は、「魔境を覗く非日常譚」にあり

僕の大好きな作家のひとり、森見登美彦さん。

中学生の頃の友人に「夜は短し歩けよ乙女」を勧められて以来、すっかりその世界観の虜になってしまいました。今日は、私がおすすめする森見さんの作品について語りたいと思います。

 

f:id:windofgold:20201209193938j:plain

森見さんの作品には、いくつかの傾向があると思います。

 

まず、「阿呆大学生日常譚」。「太陽の塔」、「四畳半神話大系」などが該当しますね。もしかしたら「夜は短し歩けよ乙女」もそうかも?

京都の大学や街を舞台に、阿呆な(これは誉め言葉です。能力が低いという意味ではなく、高いが故にある方向に突き抜けてしまい、「阿呆」となっているのです)大学生が奮闘する様子を、読者の心をつかむ軽妙かつ機知に富んだ表現で描いています。

 

f:id:windofgold:20201209193950j:plain

次に「ほのぼのあったか感動譚」。「有頂天家族」シリーズ、「ペンギンハイウェイ」が該当するでしょうか。先の「アホ大学生日常譚」のなかにも、「ほのぼのあったか」な側面を持つ作品もあるので、あくまで大まかな分類です。森見さんらしい表現でクスっと笑えるのですが、重要な場面では涙が出てきてしまうという、なんとも素敵な作品ばかりです。

 

f:id:windofgold:20201209194001j:plain

最後に「魔境を覗く非日常譚」。「宵山万華鏡」、「きつねのはなし」、「夜行」などが該当します。森見さんは「マジックレアリズム」という手法を用いることが多く、現実世界における非現実的現象の描写が非常に巧みです。日常にふと顔をのぞかせる、この世とあの世の境目。もうこっちの世界に返ってこれないかもしれない、と思わせる緊張感。「これ「アホ大学生日常譚」と同じ人が書いてんの?」と思わせるくらいシリアスかつミステリアスな物語が展開されます。

今回は、私がおすすめする「魔境を覗く非日常譚」を紹介します。

 

1.『きつねのはなし』
4つの短編からなる物語。それぞれのお話は独立していますが、ある短編の登場人物が他の短編の物語について語ったり、設定を共有している部分が見られたりと、想像を掻き立てる構成となっています。物語のテーマは、日常に潜む「魔」の世界。私が特に気に入っているのが、骨董品屋とその顧客をめぐる怪談めいた話で、書籍のタイトルにもなっている「きつねのはなし」という短編です。登場人物の「ナツメさん」のような女性が私のタイプである、という理由もあるのですが、「この世には普通の人間が覗くことができない、覗いてはいけない世界がある」ということを知らせているような雰囲気が大好きです。ナツメさんは「魔」の世界と一体どんな取引をしたのか。その答えを求めて、何度も読み返しています。

 

f:id:windofgold:20201209194010j:plain

2.『宵山万華鏡』
こちらは6つの短編からなる物語。祇園祭宵山を舞台に、人と人ならざる者の邂逅を描いています。森見さんのあとがきが印象的でした。

「学生時代には、『恋人を連れて宵山へ行く』というのが一つの夢だった。恋人と宵山へ行きさえすれば学生時代は完成される、と思い込んでいた節がある。もちろんそんなのは妄想である。実際に女性を連れて宵山へ出かけてみると、それほどいいものではない。(中略)だいたい、その人が祭りの雑踏に消えて、そのまま帰ってこなければどうするのか。子どものころ、私は祭りというものが苦手であった。人ごみもきらいだし、祭りの熱気や荒々しさには怖じ気づいてしまうほど気が弱かった。(中略)その一方で、祭りというものは神秘的で、あの異世界に迷い込んだような感覚は私を惹きつける。(中略)祭りには恐ろしさと楽しさの両方があるけれども、その根っこは一つである。」(「宵山万華鏡」あとがきより)

現実と幻想がまさしく「万華鏡」のように交錯する物語。祭りの雑踏のあちこちに異世界への扉が開いているといわれると、信じてしまいそうです。これを読むと、あなたも宵山に取り込まれてしまうかも。

 

f:id:windofgold:20201209194026j:plain

3.『新釈 走れメロス 他四篇』より「桜の森の満開の下
中島敦の「山月記」、芥川龍之介の「藪の中」、太宰治の「走れメロス」、坂口安吾の「桜の森の満開の下」、森鴎外の「百物語」を、それぞれ現代風に森見さんがアレンジした短編からなる作品。そのなかから、「桜の森の満開の下」を紹介します。
坂口安吾の「桜の森の満開の下」では、山賊がある女と出会います。その女はとても美しいのですが、まるで人間ではないかのような恐ろしさもうかがわせる存在です。その女と出会ったことにより山賊の暮らしが変化していくことになります。よく言われることですが、「美しいものは恐ろしい」。その感覚を見事に描いているのが、坂口安吾の作品です。

森見さんの現代版でも、物語の展開は似ています。ある青年が美しい女と出会ったことにより、その青年の人生はめまぐるしく「よい」方向に変わっていきます。しかし、それは本当に自分の望んだ人生だったのか?不安がる青年を、美しい女は優しく包み込みます。「私の言うとおりにしていればいいの」と。坂口安吾版と同じように、きっと、この女は人間ではないでしょう。美しさの奥に「人ならざる者」の恐ろしさを感じる。そういいつつも僕は、こういう女性がタイプだったりします(笑)

 

以上、森見さんの「魔境を覗く非日常譚」を紹介してきました。皆さんも、「異世界の入口」を覗いてみてはいかがでしょうか。